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待って探して五十年 仏像とともに消えた弟

待って探して五十年 仏像とともに消えた弟

ISBN978-4-88471-843-5

著者:大澤 昭一

監修:荒木 和博

編集:協力 冨高 由喜

定価:1,650円(税込)

ソフトカバー 46版 176ページ

仏像とともに消えた弟

  

全く考えもしていないことが起こる。

家族が突然いなくなる。

「平穏なこの日本の中に「四十年、五十年と家族に会っていない人たちが大勢いるなんて考えられますか」

本書の著者・大澤昭一さんは、令和2(2020)年3月に発売された『「ただいま」も言えない 「お帰り」も言えない』の中で記しています。

昭一さんの弟である大澤孝司さんが、転勤先の佐渡島で突然消えたのは昭和49(1974)年2月24日でした。

特定失踪者家族会の初代会長に就任した昭一さんは、弟のことだけでなく署名活動、政府への働き替え、警察への訴え、アメリカにも飛んだ。

消えた孝司さんの状況を知れば知るほど、北朝鮮に拉致されたことは間違いないと言える。しかし拉致の認定はされず、特定失踪者(北朝鮮に拉致された可能性を排除できない失踪者)のままになっている。

  

弟を探し続ける兄の思い

   

弟、大澤孝司が佐渡でいなくなって五十年が経ちました。兄の私は拉致を確信しています。

ですが、現在こうして二十年間運動を続けても、また私たち家族がいくら真実を叫んでも、なかなかメディアなどにも取り上げて貰えず、特定失踪者(北朝鮮に拉致された可能性があるといわれている失踪者)は日本政府にもないがしろにされています。

そうすると、特定失踪者の失踪=拉致されたことを誰も信じてくれないし、全く無駄死にになってしまう。それでは弟を含めて特定失踪者のみんながあまりにも可哀想です。

弟孝司の失踪当時の状況については、話せばわかってもらえる程度の事件の経過もあり、私が本に残しておけば、なんとか特定失踪者問題の現状を皆さんに解ってもらえるのではないか、無駄にしたくないという気持ちでいます。……

ストックホルム合意(二〇一四・平成二十六年五月)の際に北朝鮮が出してきたと言われている特定失踪者を含む三十人に関しての名簿リスト(二〇一四年に日本経済新聞が報道)は、確かに日本政府へ入ってきているはずだと思います。

それを今改めて調べてもらえれば、生存しているというのがはっきりすれば、弟は本当に拉致されたのか、自発的に行ったのか、それもリストを調べれば当然わかることなのです。……

そもそも日本政府が特定失踪者問題に真剣に取り組んで貰えていないと感じています。

私が記すことで、弟を始め特定失踪者も政府認定の拉致被害者となんら変わらないことを改めて皆さんに知っていただきたいと思い、五十年間の苦悩を綴りました。……身体が続く限り、弟を助けるためのこの戦いを続けていこうと思っています。

大澤 昭一(『まえがき』より)

  

目次

  

はじめに

思いは一つ 弟 大澤孝司を助けたい 孝司の兄 大澤 昭一

仏像とともに消えた弟

弟がいなくなるまでの最後の二ヶ月

北朝鮮の関与について

親戚と警察幹部との関係

私たち兄弟の両親 父の思い母の思い

駄菓子屋あらし

孝司と骨董

頭の傷

横田めぐみさんら被拉致日本人救出の会

再会を果たす会

安倍官房副長官に要請

ワシントン訪問

中井・松原両大臣と中山参与

韓国訪問 南北国境で風船飛ばし

特定失踪者家族会について

「特定失踪者」について

国連での発言

関係者にそれぞれの思いを訊く 聞き手 フリーアナウンサー 冨高由喜

孝司の次兄大澤茂樹・妻チヅコの証言 失踪後一〇日間から現在まで 

県農地事務所同僚と大学からの友人が見た失踪の日 大澤孝司さんと再会を果たす会 総会・二〇二四(令和六)年三月十七日

小島晴則さんインタビュー

「拉致疑惑」時代と同じ立場 新潟日報社論説編集委員・原 崇

大切な家族の帰りを待って~ 中村クニ(特定失踪者中村三奈子の母)

大澤孝司さん救出のために 特定失踪者問題調査会代表 荒木和博

待って探して五十年 昭一さんという人 フリーアナウンサー 冨高由喜

資料 松原仁元拉致問題担当大臣を招いて

特定失踪者問題調査会定例会見

あとがきにかえて

  

著者:大澤 昭一(おおさわ しょういち)

  

一九三六(昭和十一)年新潟市西蒲区(旧巻町)生まれ。

大澤家の長男であり、弟(三男)である特定失踪者孝司さん(佐渡で失踪)とは十歳違い。材木問屋の三代目として巻高校卒業後、父親の元で修行し跡を継いだ。地元の角田山の木材を使った住宅建築や木造家具などの製作を手掛け、正月に孝司さんと再会を果たす会で署名活動をする彌彦神社の建造物建築にも木材を提供。

二〇〇〇(平成十二)年から拉致被害者の可能性があるとして孝司さんが新聞に取り上げられ始める。小泉訪朝の際は被害者に佐渡の人がいるという情報が入り、弟の帰還を確信しマスコミ数社と見守った。

当時の平山県知事は「県職員も失踪していて拉致の可能性がある」と話す。特定失踪者家族会の初代会長。日本全国や米国など海外にも出向き、弟孝司の救出を訴える。孝司さんが生まれ育った梁の大きな日本家屋で妻と帰りを待ち続けている。

  

編集協力 冨高 由喜(とみたか ゆき)

  

一九九九年(平成十一)年 テレビ朝日系列局 新潟テレビ21(UX)に入局。アナウンサー兼記者として拉致問題、特に特定失踪者問題を取材し番組を制作。拉致被害者横田めぐみさんの父、横田滋さんが亡くなる二年前には、出身である関西の先輩、元朝日放送の石高健次記者(拉致問題の先駆者)を招き横田夫妻との対談番組を企画した。二〇二〇(令和二)年に独立し、拉致問題啓発集会の対談進行、司会などに携わる。現在エフエムしばた「とみたかゆきのシバタイムズ」で拉致問題啓発コーナーを放送中。  

  

監修:荒木 和博(あらき かずひろ)

  

一九五六(昭和三十一)年東京生まれ。民社党本部勤務・現代コリア研究所研究部長を経て一九九七(平成九)年から拓殖大学海外事情研究所専任講師、二〇〇四(平成十六)年同教授。一九九六(平成八)年横田めぐみさん拉致が明らかになったのをきっかけに拉致被害者救出運動に参加。救う会全国協議会事務局長を経て二〇〇三(平成十五)年特定失踪者問題調査会を設立、代表に就任。予備役ブルーリボンの会代表・鉄道愛好者ブルーリボンの会駅長(代表者)・国家基本問題研究所副評議員長。

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